海賊版漫画サイトへの対応事例に見る日本のネット規制の現状 | ネットの中立性考察(3)

海賊版漫画サイトへの対応事例に見る日本のネット規制の現状 | ネットの中立性考察(3)

イントロダクション

前回は「ネットの中立性」の否定派の代表格としてISPの話をしました。
特にアメリカでは「ネットの中立性」規定を巡り、コンテンツ事業者とISPが激しく対立しています。

今回は「ネットの中立性」がはらんでいる問題が浮き彫りになった直近の事例とそれに対する対応から、日本におけるネット規制の現状を考えてみたいと思います。

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海賊版漫画配信サイト「漫画村」への対応事例

著作権侵害の無料海賊版漫画配信サイトの存在

「ネットの中立性」とは、インターネット上のコンテンツは全て平等に通信されるべきであるという考え方です。
しかしインターネット上には必ずしも合法とは呼べないサイトも存在します。

今回取り上げるのはまさにそうしたサイトの一つ、海賊版漫画配信サイトについてです。
海賊版漫画配信サイトは、一般に販売されている漫画などの画像コンテンツを電子化して無料で配信しています。
こうした行為は著作権の侵害にあたり、非合法サイトであることは間違いありません。

しかし海賊版漫画配信サイト大手の「漫画村」は、「海外拠点から配信しているため違法性は問えない」といった趣旨の表明を公然と行っていました。

出版社の取ってきた措置

海賊版コンテンツにより損害を被るのは正規コンテンツを取り扱う出版社や著作権者である漫画家です。

出版社もこの状況に手をこまねいてきたわけではない、と言っています。
具体的にはサイト本体だけではなく配信代行業者やサーバー管理会社、プロバイダーに対して警告文や開示請求を行っていました。
サイトへの削除要請は数十万件レベルで行っていたそうです。
海賊版サイトの収入源である広告収入を断つために広告代理店に対する要請も行っているとのことです。

そしてようやく2018年5月に刑事告訴が受理され捜査が開始したとのことでした。

政府による通信遮断要請とNTTグループの答申

刑事告訴の受理と前後した2018年4月、政府は知的財産戦略本部・犯罪対策閣僚会議で海賊版漫画サイトの規制に対する法整備を進めることを決定した上で、法整備までの間の緊急措置として「漫画村」を含むいくつかの海賊版サイトを名指しで通信遮断するようISPに促しました。

これに対してNTTコミュニケーションズ、NTTドコモ、NTTぷららの3社がサイトブロッキングを行うと表明しました(実際には対象サイト閉鎖につき実施はされていない)。

ここで社会的に議論になったのは、「通信の秘密」や「表現の自由」の侵害についてでした。

通信遮断の問題点と日本IT団体連盟からの「DoS攻撃」提案

一番の問題は「法整備までの緊急措置」、つまり法的根拠のない規制依頼を政府が行ったことでした。

相手が違法サイトであるとはいえ、サイトブロッキングや通信遮断について国に権限はありません。
正式に行えるようにするには法的根拠が必要であり、そのための法整備を進める、ということなのですが、その前にサイトブロッキングや通信遮断をISPへ依頼し、実際にそれにこたえるISPが出てきた、という点が大きな問題になったのです。
国は法的根拠が無くても「通信の秘密」を制限することが可能であるという前例ができてしまうからです。

「相手は違法サイトなんだから、何を悠長なことを」と思われるかもしれませんが、法的根拠のない警察権の発動は、法治国家の前提を覆すことになります。
罪状を問わず規制や逮捕が行えるのは独裁国家のすることである、というわけです。
「罪状は著作権侵害だろうが」とも言えますが、容疑者に罰則を与えることはできても、間接的な通信遮断についてまで許可されているわけではないのです。
「何をまどろっこしいことを」と思うかもしれませんが、これらを全て一つの権限に集中させることは、権力の暴走に対する安全弁を失うことにもつながるのです。

これは私個人の見解というわけではなく、法治国家が法治国家たらんとするのために必要な要件なのです。法整備に係る時間が早い遅いというのはまた別の問題です。

「悪者は全部逮捕してしまえ」としたとします。果たして「悪者」の定義は誰が決めるのでしょうか。
そこに法律という「悪者」を決める根拠があればこそ正当な逮捕はできますが、誰かの主観やその時々の世論で「あいつは悪者だ」を決めてしまえば、誰もが犯罪者にされてしまう危険性があります。
「悪者」を捕まえるために警察組織には様々な特権が認められているとはいえ、その特権が乱用されないための縛りも存在しています。
その良し悪しはあるとしても、判断基準を「法」に求めるのが法治国家の基本原則なのです。

その原則からすると、2018年8月に日本IT団体連盟が提案した「海賊版サイトへのDoS攻撃」も、法治国家の発想ではありません。

政府の「インターネット上の海賊版対策に関する勉強会」で日本IT団体連盟が提案した海賊版サイト対策は、アクセス集中方式、つまりDoS攻撃によるサービスダウンやアクセス困難を作り出して海賊版サイトにアクセスできないようにする、というものでした。

「麻薬販売サイトの運営を妨げても偽計業務妨害罪には該当しないという考え方などに照らせば、業務妨害罪にはそもそも該当しない」「不正な侵害行為に対する正当防衛行為として違法性を阻却するものであるという整理も可能」などと法的な問題が無さげに書いていますが、そもそもDoS攻撃自体が不正アクセス禁止法に該当する犯罪であり、実際にDoS攻撃を行って逮捕された事例もあります。

違法サイトの規制のために違法な手段を用いても良い、というのであれば、サイトブロッキングや通信遮断と何が違うのでしょうか。
日本IT団体連盟は、「1億人の権利を犠牲にして得るものが少ないブロッキングに比べれば、海賊版サイトの運営者だけが影響を受け、回避手段を講ずるにはコストがかかる」「(インターネットの)利用者には迷惑をかけず、効果も高く、権利者自らのコスト負担で実施が可能」というコストパフォーマンス面でのメリットを挙げていますが、そもそも論点がずれています。

ちなみにISPで構成する日本インターネットプロバイダー協会はサイトブロッキングに対してもDoS攻撃に対しても否定的な態度を表明しています。
またサイト制限を行うとしたNTTグループに対して、「通信の秘密」の侵害にあたるとして民事訴訟が起こされたそうです。

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あとがき

法治能力の思考実験

インターネット空間というのは国境の無いグローバルなコミュニケーションを可能にしましたが、その反面「法」は国家の枠を出ることができません。
また技術的な専門性を要するため、単純な法整備ではいくらでも抜け穴が存在します。

実際に著作権法第30条によるダウンロード違法化(違法コンテンツをダウンロードした者も罪に問われる)は、動画や音声などのコンテンツは明示されているものの、今回の漫画のような静的コンテンツは対象になっていません(「漫画村」はその点において閲覧者は違法性を問われないと宣伝していました)。

先のDoS攻撃についても、運営されていた当時の「漫画村」はコンテンツは全て外部サイトからのリンクにした上で動的コンテンツが極力排除し、CDN(Content Delivery Network)によるキャッシュ配信というDoS攻撃に対する備えが行われていました。

日進月歩のインターネット技術に対して法整備が追いつかない、と一言で纏めてしまうのは簡単ですが、今回の事例はインターネット全般に関する法治能力を鍛える思考実験としては格好の題材ではないかと思います。
ここでどういう舵取りをしていくかが、ネット規制の今後を占う可能性もあります。
著作権違反は権利者にとって重大な問題であるため一刻も早い対応が求められますが、付け焼刃の対策にならないことを願います。

それと同時に「ネットの中立性」についても、こうした違法コンテンツに対する規制を困難にする可能性も考慮しなければならないという事例になったのではないでしょうか。

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