「ネットの中立性」の否定派とその理由 | ネットの中立性考察(2)

「ネットの中立性」の否定派とその理由 | ネットの中立性考察(2)

イントロダクション

前回は「ネットの中立性」とは何か、という話をしました。
要約すると以下のようになります。

・「ネットの中立性」とは、インターネット上のコンテンツは全て平等に通信されるべきであるという考え方。
・プロバイダや政府などによって特定のコンテンツが利用者の意図しない通信制限を受けることを防ぐ。
・アメリカでは関連法規の制定や廃止で大きな議論になっているが、日本では法制化された規則はない。

アメリカで「ネットの中立性」がわざわざ制度化されたり廃止されたりしているということは、「ネットの中立性」に賛成の人と反対の人がいるということになります。
それでは反対しているのはどのような人たちなのでしょうか。
これを知るためには、インターネット接続の仕組みを少しだけおさらいしておく必要があります。

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「ネットの中立性」の否定派とその理由

そもそもどのようにインターネットにつながっているのか

かなり初期の記事で利用した企業のインターネット接続の一番単純な図を引っ張り出してきました。

インターネットという世界に個人の家や企業から直接接続することは基本的にありません。
まず物理的な通信ケーブルを回線業者が自身の回線収容施設から各家庭や事務所まで敷設しています。データがこのケーブルを通っている間は基本的にはインターネットにはつながっていません。

回線が収容されると、ISP(インターネットサービスプロバイダ)の設備に繋がれ、ここからインターネットの世界とつながることになるのです。
ちなみに非常にポピュラーな回線にNTT東日本/西日本の「フレッツ」というサービスがありますが、「フレッツ網」自体はインターネットに接続しない所謂閉域網です。そのため企業の拠点間通信のIP-VPNに利用されます。インターネットに出ないことでセキュアな通信を行うことができるからです。
「フレッツ」でインターネット接続をする場合、必ず別途プロバイダを選択することになりますが、これがISPで、ISPはフレッツ網内からインターネットへ接続するための窓口の役割を果たしています。

つまり自宅や企業からISPの設備に至るまでは、あくまでインターネット(公道)に繋がる取り付け道路(私道)であり、ISPのゲートを通って初めて外の世界に出ていくことができるのです。

何故わざわざISPを通らないと公道に出られないか。
それは我々がインターネットという公道の地図を持っていないからです。
TCP/IPの世界の地図、すなわちDNS情報はDNSサーバ間でやりとりされており、これが無いとまず目的地にはたどり着けません。
インターネットと自宅/企業を行き来するためには自分のIPアドレス(住所)も必要ですが、これもISPが払い出してくれます。

「ドコモ光」や「BIGLOBE光」のような光コラボ(NTTの空き回線を借りて回線事業を行っている業者)やau/電力系、ケーブルテレビなどの場合、別途ISP契約不要な回線もありますが、別途契約が不要なだけで、ISPの機能自体はあります。

そして「ネットの中立性」に最も否定的なのが、ISPなのです。

「ネットの中立性」で割を食うのはISP?

先ほどの説明の通り、ISPはインターネットに繋がるゲートです。このゲートを多数のユーザーのデータが行き来しています。

ISPのゲートも機械ですから、当然通信量には限界があります。「バックボーン回線」という言葉を耳にしたことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、ISPでは安定した通信を確保するためにISP内のネットワーク回線を利用しています。
バックボーン回線の差がISPのサービス品質や通信速度に影響してきます。

そこまでインフラに投資して安定した通信を確保しようとしているISPに、近年頭の痛いコンテンツが増加しています。その代表が動画コンテンツです。

これまでインターネット上でやりとりされるデータは、テキストだけだったり、大きくてもドキュメントファイルや写真などの静止画くらいでした。
しかし動画は音声ファイルも含めるとその長さによってこれまでとは比べ物にならないくらい量の通信が発生します。しかもストリーミング配信(再生するデータをダウンロードしつつ随時再生する)により、再生中ずっとネットワークの一部を占有することになります。

YouTube等が普及しはじめたことにより、動画のストリーミング配信の量が急増。さらに映画やドラマ・アニメなど長時間・高画質・高音質のデータを有料配信するサービスも出てきたため、ISPのバックボーン回線は途端に混雑しはじめます。

通信速度が遅くなればISPに苦情が来たり、最悪契約を乗り換えられる場合もあります。ISPは設備を増強することになるのですが、ISP自身の利用者や売り上げが急増している訳でもないのに設備投資をさせられるのですから、ISPが割に合わないと思うのは当然かもしれません。

日本でも2006年頃に総務省の懇談会に端を発する「インターネットインフラただ乗り論争」が勃発しました。

「インターネットインフラただ乗り」vs「コンテンツただ乗り」

口火を切ったのはISP「OCN」を運営するNTTコミュニケーションズで、矛先は動画配信サービスGyaoでした。
余談ですがNTT東日本/西日本とGyaoは「Gyao光 with フレッツ」というサービスで協力関係にあるにも関わらず、親戚筋のNTTコムからいちゃもんつけられたわけです。

ISP側の主張としては「利用者からは金は取っているのに、サービス提供業者はどんだけインフラに負荷をかけようと金を払わないのはただ乗りじゃないのか」というものです。

一方でサービス提供業者の言い分は、「そもそもサービスがあるからお宅らの回線契約が増えてるわけで、自前のコンテンツで契約取ってるわけじゃないんだからそっちこそただ乗りだろうが」といった感じです。

ネットワークがあるからコンテンツが配信される、コンテンツがあるからネットワークが拡充される。そのどちらもが事実なのですが、インフラ側にしてみたら「こっちの負荷がどんどん高くなってるのに、利益配分が不公平じゃないか?」という思いもあるでしょう。

全然規模感の違う話ですが、以前別の記事でもお話ししたように、情シスも「ネットワークが安定稼働しても誰からも感謝されないけど、止まれば怒られる」職種です。システムやサービスなど、UIがあって費用対効果が見えやすいものは日の目を見るけど、インフラは「動いて当然」という感覚があります。

ちなみにこの議論はその後下火になったのですが、その理由は2つあります。
1つはインターネットインフラに大きな負荷をかけているのはコンテンツサービスよりもP2Pソフトなどによるファイル共有であるという認識の広がりからP2P規制に舵を切ったためです。もう1つは論戦の口火を切ったNTTコムの社長がNTTレゾナント(gooなどのコンテンツ事業を行っている会社)の社長を兼務することになり、以降コンテンツ事業者を批判しなくなったため、と言われています。

この当時は「Winny」事件から日も浅く、P2Pソフトによる通信の割合が多かったかもしれませんが、あれから十数年たった今日、クラウドサービスが隆盛を極め、コンテンツ配信事業者も数多出てきた状況でもこれらの議論が起こりません。
これはISPが総じてコンテンツ配信サービス自体を売るようになったころ、また「光コラボ」による回線業者やISPの囲い込み、何よりスマホの登場により個人向け回線の主戦場が固定回線からモバイル回線へシフトしたことが影響しているのではないかと推測します。

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あとがき

日本で盛り上がらず、アメリカで盛り上がる理由

日本ではさほど盛り上がらなかったISPの不満がアメリカでは何故大きいのか。
それはISPの数と事業者の特性に関係しています。

日本ではISPはインターネットプロバイダ協会によると700~数千社と言われているのに対して、アメリカのISPはAT&Tやベライゾンなどの大手通信企業とケーブルテレビ系の2つでほぼ独占されています。
消費者にISPを選択する権利はほぼ無い上に、通信品質は日本とは比べ物にならないくらい悪いそうです。おまけにケーブルテレビ系の業者はNetflixやHuluなどの動画配信サービスを目の敵にしています。

つまり寡占状態の市場で自社コンテンツ(ケーブルテレビ)と競合するサービス(インターネット動画配信)があることや、ISPに対して消費者の満足度が低いことなどから、インフラ事業者とコンテンツ事業者の対立が日本よりも先鋭化しているのです。

こうした中でコンテンツ事業者への不当な通信制限を規制したのがオバマ政権、規制を緩和することでISPへの配慮と同時に自由競争による品質・サービスの向上を狙っているのがトランプ政権、と見ることができるかもしれません。

つまり「ネットの中立性」というのは、高尚な思想によるイデオロギー対立だけではなく、インフラ事業者 vs コンテンツ事業者による利益配分論争である、と言うこともできるのです。

ネットの中立性考察 バックナンバー
「ネットの中立性」とは何か
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