イントロダクション
ビジネスでのチャットツール利用がにわかに脚光を浴びています。
「Slack」や「チャットワーク」をはじめとするビジネスチャットが注目を集め、総務省まで「働き方改革×チャットツールのビジネス活用」という情報を発信しています。
手軽で便利なチャットツールによるコミュニケーションコストの削減で業務改革、働き方改革を促進する、というような話なのですが、「本当か?」と勘ぐってしまいます。
私自身が流行りものを斜に構えて見る癖があるのもありますが、これについては実体験を踏まえた疑問です。
IT企業のようにチーム/プロジェクト単位で仕事をすることがメインで、メンバーのリテラシーが一定以上であれば情報共有に便利な面もあると思わなくもないです。しかしそれらの条件をクリアしていたはずの前職(SIer)で利用していたSkype for businessの利用頻度と改善効果を思い出すと、正直そこまでではありませんでした。
現職でもGSuiteを利用していて社有携帯もAndroidスマホに更新したのに、ハングアウトチャットが使われている節はほとんどありません。その割にスマホを配布した途端に「LINEは使えないのか」はしょっちゅう聞かれます。
この現象の原因は何なのか。そしてビジネスチャットは本当に業務改革を推進してくれるのか。ビジネスチャットの現状を調べながら紐解いていってみたいと思います。
コミュニケーションツールの比較から見たチャットツール
チャット自体は昔からある
ビジネスチャットの有用性について懐疑的ではありますが、私自身は学生時代からWindowsMessengerを使っていて、チャットそのものには昔から慣れ親しんでいます。
当時は遠方の友人と夜な夜なチャットしていましたが、まだまだ1人1台必ずパソコンを持っている時代ではなかったので、やり取りをする相手は限られていました。
その後Skypeが登場して音声チャットやビデオチャットも出てきましたが、夜中にむさい男同士がお互いの顔を見たいわけでもなく、相変わらずテキストベースのやりとりが主流でした。
就職してSEになってからは、業務利用ではなく同期の連絡ツールとしてIPメッセンジャーが流通しましたが、みんな業務が忙しくなってくると次第に廃れていき、パソコン更新のタイミングでインストールされなくなりました。
ITバブルが弾けたあたりで経費削減のための出張規制が発動し、代わりにテレビ会議を使いなさいということになり、集合形式の会議のためのテレビ会議システムと同時に、自席からのテレビ会議参加を可能にするためにLync(後のSkype for business)が導入されました。
チャット機能もありましたが、正直使った記憶があまりありません。
唯一便利だったのはログイン状態から在籍確認に利用できる点でしたが、これも「在籍している=電話可能」という判断に使われるようになり、面倒くさいのでログインしてから表示だけオフラインに変えるという本末転倒な使われ方が横行していました。
そして転職して情シスになり、GSuiteの薫陶を受けたりスマホ導入を進める中で、社内/社外の情報共有ツールの整理の必要性を感じていた矢先、ビジネスチャットの流行に遭遇した、という感じです。
チャットツールのメリットは何か
チャットツールの利用目的は、離れた場所にいる人とコミュニケーションを行うことです。
目的を達成するためには電話やメールなど他に手段もある中で、チャットツールを利用するメリットを考えてみたいと思います。
チャットツールは世の中に色々あって機能も違うのですが、共通的な機能で考察してみます。
相手が連絡可能か気にしなくてよい
電話の場合、相手が必ず電話に出られるタイミングであるとは限りません。
メールやチャットツールは相手がどのような状態であってもとりあえず送っておいて後で見てもらうことができます。
やり取りに係る時間が短い
メールの場合、受信したメールに返事するためには返信ボタンを押して本文を書いて送信ボタンを押して、という手順になります。大した内容でなくても一往復に時間がかかり、「返信メール待ち」の時間が発生してしまいます。
チャットツールは送受信に係る時間が少なく、会話しているような感覚でコミュニケーションを行うことができます。
ただし即時性という点では電話が勝るのは言うまでもありません。
履歴が残る
「今の電話の内容を念のためメールしときます/しといてください」というやり取りをすることはないでしょうか。
電話のデメリットは「やり取りをした内容は、お互いの記憶にしか残らない」という点です。言った/言っていない、覚えている/忘れたのようなことが発生しないために文字に残すことを習慣付けている人は多いのではないでしょうか。
チャットツールやメールは文字として情報が残るため、これらの懸念はありません。
電話の内容をいちいちメールで書き起こすくらいなら、はじめからメールしたいところですが、直接話して検討したいこともあり、その中で決定した事項を残しておきたい場合もあります。
チャットツールであれば検討した内容自体も履歴として残るので、改めて書き起こす必要がありません。
個人毎のやり取りが埋もれない
「メールで送った件ですけど」→「読んでないよ」という不毛なやり取りを何度経験したことでしょうか。こちらが送ったメールは読んでいないけど、自分が送ったメールは相手が必ず読んでいると思っている人はかなりの割合でいらっしゃるようです。
この現象の一番の原因は「メールを見る気が無い」のではなく「メールが多すぎて埋もれる」にあると思います。メールの場合、きちんと仕分けルールを作っていても受信BOXには様々なメールが溜まっていきます。朝の日課として「メールの処理」をしている人も多いと思います。
チャットツールの場合、連絡履歴は個人単位に継続して保管されています。メールだと1メッセージ1件のところが1人に対して1件になるので確認件数が減りますし、「誰からメッセージが来ている」が一目でわかります。
既読機能があるチャットツールであれば、相手が読んだかどうかも確認できるので「読んでないよ」が通じなくなるのもメリットかもしれません。
複数名で同時にやり取りができる
個人ごとのやりとりだけではなく、複数名を同時に纏めて一つのチャットグループとしてやりとりを行うことができます。複数名での会話ができる通話の仕組みもありますが、チャットツールは専用サービスが無くても手軽にこうしたやりとりを行うことができます。
メールの複数名送付やメーリングリストと比べるとグループの管理が容易です。
(サービスによっては)プラットフォームを選ばない
製品やサービスの機能によりますが、外回りや出張の多い人は常時自席のパソコンからしかメッセージが確認できないのは不便ですが、同一アカウントでログインすればパソコンでもスマホでも過去の履歴も含めてメッセージを確認することができます。
WebメールではなくパソコンローカルのメールソフトにPOPでメールを落としている場合はこの利便性を享受することはできません。
文章だけではなくファイルや写真が送れる
メール添付のようにファイルや写真を共有することができるため、直接文章で行うコミュニケーションでは伝えきれない情報を外部ファイルで補完することが容易です。
こうして見るとチャットツールは電話とメールのメリットの良いところを併せ持った超優良ツールですが、当然デメリットもあります。
チャットツールのデメリットは何か
相手も同じツールを使っていることが前提
チャットツールが普及してこなかった一番の原因はこれではないかと思います。
チャットツールは同じソフトや同じサービス間でのメッセージのやりとりが基本なので、Skypeであれば相手もSkypeが必要ですし、ハングアウトであれば相手もハングアウトが必要です。
Skype for businessやGSuiteのHangouts Chatを社内標準ツールとして提供していたとしても、相手がインストールしていない、常時ログインしていない、ログインしていても全部メールでやり取りをしてくる、というような場合、そこからチャットツールにコミュニケーションを切り替えるのはなかなか難しい場合があります。
メールの最大の利点は「相手がどんなメールサービスやメールソフトを使っていても、標準のメールプロトコルで送受信されるものは全て送受信可能」という点です。
相手がGmailだろうとOutlookだろうとメールはメールです。
この点を乗り越えたチャットツールが2種類あります。
一つはほぼ必ず相手も使っているくらいに普及したもの、LINEです。
厳密にいえばSNSのメッセンジャーツールですが、その主な利用形態からチャットツールと呼んで差支えないでしょう。日本国内の個人での利用においては、もはや電話やメール以上の存在になっていると言っても過言ではありません。
相手もほぼ必ずLINEを利用している、だからLINEでやり取りをする。利便性がメールに勝ることは上記メリットの通りですから、自然とLINEが主流になっていきます。
これまでも同様の機能を持ったチャットツールがあった中で、何故LINEだけがここまで普及した理由については、スマホネイティブの若者たちが「スタンプ」と「無料通話」に魅力を感じたこと、通常のSNSよりクローズドなコミュニケーションを提供したこと、テクノロジーを前面に出すのではなくターゲット層の求める機能に特化したことなど諸説あります。
理由はどうあれ、相手が使っていなければいけないという前提をクリアしたLINEにはこのデメリットが適用されないことになります。
もう一つが相手が同じツールを使っていなくても使えるもの、Slackです。
Slackは受信したメールをSlackで確認したり、Slackからメール送信する(こちらはそれなりに知識と技術がいる)ことができます。
メールに限らずSlackは様々な外部サービスと連動することができます。
もちろん相手もSlackを利用しているほうが利便性が高いのですが、相手が使っていないことによって自分の利便性を享受できないよりは、相手はともかく自分の利便性を向上できるやり方があれば、その気がある人であれば活用しはじめます。
操作性や運用の変化を嫌う人が多い
ビジネスにおいてはメールは必須ツールであり、使えないことがほぼ許されないのに対して、チャットツールは必須ではないので利用者が使い始めないという問題もあります。
「使えば便利」とわかっていてもあれこれ理由を付けて使わない=変化を嫌うのは自然なことではあります。それでもそれが必ず使わなければいけない業務システムであれば、文句を言いながらでも使い始めるようになります。
チャットツールは便利ではありますが、既存の電話やメールでもコミュニケーションが成立しているため、文句を言いながらでも使い始めるだけの理由が無く、自発的な気づきを待たなければいけません。
私の前職の時のSkype for business、現職でのHangouts Chatが普及しなかった理由はこれに他なりません。自分が「使いたい」と思って提供されたものではないので興味が無く、利用を強制されてもいないので後回しにされているのです。
にもかかわらず「LINEは使えないのか」が発生するのは、LINEには使いたい理由があるからです。前述の通り既に普及しているので操作性に慣れていて、その利便性を実体験として理解しているからこそ自発的に「使いたい」となるのです。
社内利用に限って言えばパソコンからでもスマホからでも使えるハングアウトの方が便利だと言っても、使ったことが無いのでその利便性の意味が理解できず、試しに使ってみても操作性の違いから利便性を感じるまでに時間がかかってしまい、結局「便利ではない」という感想に行き着いてしまうのです。
あとがき
ツール選定におけるプライオリティ
利用者にとって、コミュニケーションツールの最大の優先事項は「(相手と)繋がりやすいこと」と「使いやすさ」です。繋がれないコミュニケーションツールは役に立ちませんし、使いにくいツールを使うくらいなら電話やメールのほうが早い、となります。
一方情シスにとっては利便性もさることながら「セキュリティ確保」「管理のしやすさ」「他のサービスとの重複排除、住み分け」などを考慮しなければいけません。
しかし使われないコミュニケーションツールに何の価値もありません。
次回からは利用シーンや管理基準を元に、代表的なサービスの特徴を踏まえながらビジネスチャット利用の可能性について考えていきたいと思います。
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