「ネットの中立性」とは何か | ネットの中立性考察(1)

イントロダクション

「ネットの中立性」という言葉をご存知でしょうか。
ごく簡単に言うと、「インターネット上の全てのデータは、通信事業者や政府による制限を受けず、全て平等に扱われるべき」という考え方のことで、「言論の自由」や「報道の自由」に近い発想です。

昨年末から今年にかけて、アメリカと日本で論議を巻き起こす出来事が起こりました。二つの出来事は直接リンクはしていないのですが、その根底にあるのは「ネットの中立性」という考え方です。

アメリカで起こったことは、連邦通信委員会(FCC)による「ネットの中立性」既定の廃止、日本で起こったことは海賊版漫画サイトに対して政府が事業者に対して通信遮断を促し、一部事業者がこれに応じる発表をしたことです。

これらはどういう意味を持っているのでしょうか。
今回は技術や製品の話から一歩離れて、インターネットの世界における思想のようなお話しをしていきたいと思います。

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「ネットの中立性」とは何か

インターネット以前から存在する「通信の公平性」「通信の秘密」

インターネットは広義の通信の一部です。

アメリカにおいて1860年に成立した電信を助成する法律では、通信の公平性について次のように定めています。

任意の個人、会社、企業から受け付けたメッセージ、あるいはこの線のいずれかの端に接続した任意の電信線から受け付けたメッセージは、受け付けた順番に公平に送られるものとする。ただし、政府の急報は例外的に優先されるものとする。

公共性の観点から通信は公平でなければいけない、ということが160年前に既に法律として存在していたのです。

また日本国憲法第21条第2項は次のように定められています。

検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

犯罪捜査のための郵便物の押収や通信の傍受は他の法律(憲法第35条、刑事訴訟法、郵便法、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律等)もあり一般的に承認されていますが、基本原則として通信内容は検閲されてはいけないことになっています。
通信内容に基づいて通信サービスの優劣を決めることも行ってはいけない、と解釈することもでき、結果的に公平な通信を保証させることに寄与しています。

つまり通信はその使用者に対して同質の価値が提供されなければいけない、ということがインターネット以前から理念として存在していた、ということになります。

注意しなければいけないのは、憲法は単独で刑事罰や行政罰を行う条文は無いため、憲法違反=即犯罪ではありません。
実際に通信の秘密が侵害されていると考えられる事例は少なからず存在しますが、それに対して罰則を行う根拠となる法律が無い限り取締を受けることは無いのです。

どういう範囲まで公平中立とすべきか

 

では公平中立でなければいけないのはどの程度の範囲なのでしょうか。話をインターネットだけに戻して考えた場合、様々な解釈があります。

例えば、高い料金で高品質サービスを受けることができることは許容されるべきだ、という人もいれば、料金によって通信に差異を付けること自体に反対して「電信を助成する法律」同様先着順でなければいけないと主張する人もいます。

概念だけで考えるとわかりにくいので、実例で考えてみましょう。
最もわかりやすいのは、回線事業者やインターネットプロバイダ(ISP)の提供する通信の速度と料金体系です。
料金によって通信速度のグレードが変わるプランがある、つまり高い料金=高品質サービスということになります。
これだけ聞くと「当然なんじゃないの?」と思うかもしれません。

「料金を支払わないと特定のデータやコンテンツにアクセスできない」。これももはや何の違和感も無いのではないかと思います。有料動画サイトをはじめ、数々の有料コンテンツは普通に普及しています。これは「本人の同意の上の契約」で成り立っています。

しかし本人が意図しないのに、プロバイダやプロバイダに指示した第三者によって、特定のコンテンツにアクセスできなくなったり、通信速度に差が付けられたら、そしてそれを解除するために別途課金を求められるとしたらどうでしょう。

ネットワークを制御している回線事業者やプロバイダは、利用するデータやコンテンツを制御することができます。実際に行われているのがチャイルドロックや有害サイトのブロックなどです。
有益な使われ方であればよいのですが、アメリカではケーブルテレビ系のプロバイダや事業者が自社コンテンツには制限をかけず他社の動画配信サービスには帯域規制が行われているのではないかという噂や事例が出ています。

さらには世界には国家としてネット閲覧の制限や検閲が設けられていたり、SNSの利用に課税するような国まであります。これもネットワークを提供する側が利用できるコンテンツを利用者の意思とは無関係に制限し、意図した情報だけを閲覧させるためのものです。

160年前のアメリカ人がここまで想定していた訳では無いとは思いますが、通信はこうした利益誘導や情報統制を行うことができる機能が備わっており、「ネットの中立性」にはそうした自体を発生させてはいけないという理念が含まれているのです。

アメリカにおける「ネットの中立性」規定

アメリカではオバマ政権時の2015年に「ネットの中立性」規定を制度として整備しました。
公共の福祉に力を入れたオバマ政権がインターネットについても公共性を確保しようとしたのですが、これに対してISP事業者は猛反発しました。

「ネットの中立性」規定はISPが独自の付加価値のあるサービスを提供することを規制する側面もあります。完全に中立でよいのであれば、そのプロバイダを利用しても同じことになります。
ISP以外の反対者はこうして競争が鈍化することで、技術的な進歩が減速することを危惧している人もいます。
逆に賛成したのは前述のNetflixなどのようなコンテンツビジネスを行っている企業でした。コンテンツ事業者にとって、ISPによって通信制限を掛けられて競争力を低下させられる懸念が低下します。
「ネットの中立性」は理念や思想としてだけでなく、実際の企業経営にも大きく影響するのです。

トランプ政権に移ると、方針は福祉路線から規制緩和へ大きく舵が切りなおされます。その中でISPへの規制となっていた「ネットの中立性」既定についても2017年12月にFCCから廃止の報告が発表され、2018年6月には施行されました。

これによりISPはトラフィック帯域への負荷の大きい動画配信サービスなどに対して通信制限を行い、解除するために追加契約を行うようなサービスが行われるようになるのではないかと言われています。
逆にISPが独自のコンテンツを展開したり、通信プランを拡充させることに対する期待も生まれています。

果たしてどちらが利用者にとって有益なのか、結果が出るまでもう少し時間がかかりそうです。

日本における「ネットの中立性」

日本ではネットの中立性については法的な制約はありません。
憲法に規定された「通信の秘密」は直接的にネットの中立性を保護するものでは無く、通信事業者やプロバイダは独自の割引プランやコンテンツを展開しています。

わかりやすい例は、ビッグローブモバイルの「エンタメフリーオプション」ではないでしょうか。これは定額のオプション料金を支払えば、YouTubeやAWAなど特定のコンテンツが通信量制限なしで使い放題というプランです。
料金によって特定のサービスとそれ以外のサービスの通信に差異をつけており、「ネットの中立性」という観点は完全に無いといっても良いでしょう。
アメリカのISPに期待されている独自の付加価値サービスというのはこうしたものであるということができます。

一見すると利用者の利益が確保されているようにも見えますが、特定のサービス以外には参入障壁になり得ますし、不都合な情報が配信されない懸念もあります。

そして2018年4月に政府がISPに対して海賊版漫画サイトへの通信規制を促したこと、それに応えてNTTグループが海賊版漫画サイトのサイトブロッキングを行うことを発表したことで、「通信の秘密」から「ネットの中立性」に至るまでの議論が日本でも行われることになったのです。

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あとがき

「ネットの中立性」と企業

情報システム部門にとっても、これらの話題は無関係とは限りません。
Web上に公開されている自社コンテンツへのアクセスが意図せず規制される可能性や、逆に利用しているサービスが規制の対象になる可能性もあります。

現実的にそれらの懸念がすぐ具体化するわけではないかもしれませんが、こうした話題にもアンテナを張っておくことで、発生する不利益の影響を食い止めることにつながるかもしれません。

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